紅茶のエピソードの歴史

紅茶がヨーロッパに伝わってきたのは18世紀のことです。

お茶そのものは遅くとも17世紀には伝わっていたそうですが、当時は緑茶が輸入の中心だったので消費者の口に合わなかったそうなのです。

それで、ウーロン茶を経て紅茶に行き着いたということです。

ただフランスではイギリスほど紅茶を飲みませんし、元イギリス領だったアイルランドを除き、他の欧米各国でも紅茶の人気はイギリスほどではありません。

アメリカ合衆国に関しては、独立運動の発端となった「ボストン茶会事件」というものが起きたので、仕方ない部分もありますが……。

なぜ、特にイギリスでだけ紅茶文化が根付いたかというと、紅茶に含まれるカフェインに一因があると言われています。

18世紀から19世紀にかけて、イギリスでは産業革命が起きました。

労働者保護の法制度が未発達だった当時のこと、長時間労働が広く行われ、環境も劣悪だった工場内ではミスや事故も多かったそうです。

そこで、労働者の休憩時間にミルクと砂糖入りの紅茶を飲むことで、眠気やミス・事故の防止に役立てたと言われています。

17世紀から王侯貴族の間では「東洋趣味」の一種としてお茶を飲むのがブームとなりました。

資本家(ブルジョワ)たちにも広がっていったのですが、一般庶民まで普及したのはそういう理由です。

そもそも紅茶がいつごろ生まれたのかについてははっきりしません。

中国で生産されたものがイギリスに輸入されたことだけははっきりしていますが、その中国で紅茶が発明されたのがいつかとなると不明です。

緑茶が航海中に発酵して紅茶になったという「俗説」もあります。

ですが、ちゃんと処理された緑茶なら発酵せず紅茶にならないそうです。

中国で紅茶が大規模に生産されたのは、最も古い記録に残っているもので18世紀末だそうです。

恐らくそれ以前から小規模には生産されていたんでしょう。

なお、インドで紅茶になる樹木(かの有名な「アッサム」)が発見されたのは1823年で、19世紀、イギリスに紅茶が普及してからです。

また、紅茶は戦争の一因にもなっています。

有名なアヘン戦争は、イギリスが輸出したアヘンを当時中国を支配していた清が没収したのが原因です。

なぜイギリスが麻薬であるアヘンを輸出したかというと、中国から輸入していた紅茶のせいで貿易赤字になっており、それを解消する必要があったせいです。

それほど大ブームだったということで、当時のイギリスにおける紅茶人気のほどがうかがわれます。

こんな歴史を持つ紅茶ですが、実は現在、イギリスよりも一人当たり消費量が多い国があります。

アイルランドです。

何でも一人当たり一日六杯の紅茶を飲むそうで、しかも色の濃い紅茶を飲むんだそうです。

寝る前も紅茶を飲むとかで、紅茶を一日二杯以上飲んだら眠れなくなる私などはにわかに信じられませんが、もしかしたら睡眠用のブレンドがあるんでしょうか。

もともと紅茶は好きなので、ちょっと聞いてみたいところです。

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